インプラント講演会
昨日の講演会では順番の関係で、時間がなかったために割愛したことを含め簡単におさらいします。講演も早口になってしまい十分なプレゼンになっていなかったと思いますので、ここで簡単にお話します。

さて、講演のテーマは「スマートインプラント:早くて簡単、そして審美的なインプラント治療」を行うにはどうしたら良いかと言うことでした。

【スマートインプラント】という言葉自体が、私の造語ですが、シンプルで効果的という意味から、このような言葉を用いています。スマートインプラントのメインは、抜歯即時フラップレスインプラントです。抜歯と同時に行うフラップレスインプラントであれば、通常のフラップレスインプラントと比較して遥かに安全と考えられます。

少々前ですが、インプラントで医療事故がありましたが、その事故はフラップレスでの施術だったようです。患者利益を追求してのフラップレスですが、医療事故を起こしてしまったのでは、不利益となってしまいます。

この、抜歯即時フラップレスインプラントですが、まずは症例選択につきると思います。当然、フラップを形成しないわけですから、骨へのマネージメントを必要とする(骨がない)症例はできないということになります。
最も効果が高く、この術式のメリットを生かせる部位は、上顎前歯の抜歯に伴う施術ではないでしょうか。続いて、小臼歯部ですが、昨日お話したように、複根歯では不向きと思われますので、大臼歯部への施術は難しいと思います。もっとも、大臼歯部は、審美的にもあまり問題となりませんし、また、骨のマネージメントを必要となる症例が多いので、基本的には抜歯後、骨の治癒時間を経ての施術になると思います。

では、どういう症例がいいのでしょうか。それは、破折、パーフォレーション、軽度から中等度の根尖病巣、深部への縁下カリエスなどにより、抜歯を余儀なくされた歯を抜去する際におこなうのが良いと思います。

これらの症例では、その病気による周囲骨の破壊を防ぐためにの抜歯を急ぐ必要がありますので、その判断は非常に重要です。「とりあえず、抜いてから後のことは考えましょう・・・」と患者さんに説明する場合もありますが、歯を抜く時にはその後の対応についても相談してから抜歯をするべきです。患者さんの同意が得られれば、抜歯即時フラップレスインプラントにより、周囲組織の最小限の損失で、審美的にも機能的にも満足できる治療結果を得ることができます。何事もそうですが、後から考えても得することはありません。

さて、その条件ですが、唇側にわずかでも骨が残っていることが条件です。その他にも、根尖方向に骨が最低5mmは残っていないと初期固定が得られないため難しいでしょう。

講演の後に質問を受けましたが、「フィクスチャーと骨壁との隙間は2mmまででしたら骨で満たされる」と報告されていますので、骨とフィクスチャー間に僅かにある間隙は、特に何もしなくても大丈夫です。気になるようでいたら、吸収性の骨移植材(自家骨が理想)をつめておけばいいでしょう。

抜歯する際には、通常の抜歯操作よりデリケートな器具操作が重要です。まず、15Cの替刃メスなので、丹念に歯周靭帯を離断します。この作業が周囲組織の損傷を軽減するのに有効です。そして、脱臼はエレベータではなく、剥離子(私はハーシュヘルドを用います)などで少しずつ行います。アプローチは口蓋側からです。間違っても頬側に入れてはいけません。出来れば歯間乳頭部にも入れないほうが無難でしょう。抜歯後の掻爬も頬側骨に過度に行わないようにします。歯根嚢胞などがあり、抜去した歯根側についてこなく、抜歯窩に残ってしまった場合には、可能な限り除去します。この際、適当に行うのではなく、骨と嚢胞壁との境界をしっかり確認し、剥離子などを用いて一塊として摘出できるようにします。

インプラントの埋入位置は、口蓋側よりに埋入し、深度はやや深めにします。こうすることで、技工物の製作に有利となり、万が一頬側の歯肉退縮が起きた際にも、フィクスチャーの露出を防ぐことができます。

以上、抜歯即時フラップレスインプラントのポイントを書いてみました。抜歯は、患者さんにとって非常にショッキングな処置ですが、ほとんど同じ形と機能の歯を作ることが出来るのであれば、患者さんのショックは和らぎます。事実、抜歯したにもかかわらず、全く元通りになった患者さんの喜びは計り知れないものがあります。是非、「抜いてから考えましょう」という、無責任な治療ではなく、抜いた後の治療も考えてから、抜歯を行うようにしたいものです。


スペイン・インプラント学会紀行ーあとがきー
スーツケースの中身を全部出し、お土産を入れてきたボストンバックを空にしたところで、「まさか・・・」が確定し、頭の中が真っ白になった。下の子に頼まれ買ってきた「19番メッシ」のTシャツ(ユニフォーム)がどこにもない。バルセロナの最後の夜に、これは最重要土産だからと、サイズをチェックし、ボストンバックからスーツケースに入れ替えた記憶があるが、入っていなかった。その後、一泊したマドリッドでは、ほとんどスーツケースの中身は出していない。
どこで置いてきてしまったのか皆目見当がつかないが、バルセロナのホテルに電話してみた。最初に出たホテルの人は英語が通じなく、英語が分かる人間に代わり、ちょっと待てと言われた。「トゥルルルル・・・」と呼び出し音がなり、しばらく待っていると、再びその人が出た。「今、部屋には誰もいないみたいだから、もう少し後に電話かけてきてくれ」・・・と・・・。どうやらこの受付は、私が泊まっていた部屋にその後、滞在している人に忘れ物が無いか確認させるらしい。かなり、いい加減なホテルだ・・・。電話での対応はあきらめ、FAXを送った。どうせ返事は来ないだろうが・・・。
家内が、サッカーに行っている下の子を迎えに行くというが、意気消沈してしまった私は一緒に迎えに行けなかった。帰ってくる子供になんて言えば良いのかよく分からない。たったTシャツ一枚だが、あれほど楽しみにしていたお土産をどこかに忘れてきたなんて失態は、自分自身でも許せなかった。
玄関が開き、「ごめん・・・聞いた?」と、とりあえず詫びる。ちょっと残念そうに「うん。いいよ。」と答えるが、いつもの物欲の権化の形相とは違う。きっと家内が言い聞かせたのだと思うが、私のことを思いやっている感じだった。上の子は、下の子に買ってきたTシャツを私が忘れてきたことを知ると、別の土産のTシャツは、弟から選ばせた。
次の日の夜、いつものように家に帰ると子供達は既に寝ていた。ふと私の机を見ると「おとうさん。Tシャツなくてもいいよ」との手紙が置いてあった。今回の学会旅行で一番、成長したのは子供達だったようだ。
スペイン・インプラント学会紀行ー第7日目ー
2007年10月30日(火)マドリッド:晴れ 東京:晴れ
隣の水道の音で目が覚める。それにしても、びっくりするぐらい大きな音である。隣の宿泊客の鼻をかむ音も聞こえてくるので、水道だけの問題ではなさそうだ。時計を見ると朝の7時だが相当暗い。時計が間違っているのかと外を見てみたが、しっかり朝の賑わいだ。通勤ラッシュとなっている。どうみても時間設定に無理があるような気がするのは私だけだろうか・・・。
朝食をとりに部屋から出たところで後輩に会う。日本人の団体客で食堂は賑やかだという事を聞いた。なるほど、にぎやかだ。食事のレパートリーはかなり少なく、ここで1泊でなかったらと思うとゾッとするほどだ。貧相なレパートリーから、朝食を組み立てた。コーヒーを取りに、再び、ワゴンまで行くと、2人のおばさんに混じって後輩の一人が居た。すっぴんでめがねをしていたので、最初は分からなかった。急いで食事をとり、集合時間の9時にロビーへ降りた。
本日は王宮からプラド美術館に回る予定である。地下鉄で移動中、車内で歌を歌う人に会った。なんと呼んだらいいか・・・歌を歌う人である。ギターとヘッドセットマイクで1駅の区間2曲ぐらい歌い、最後にお金をもらい、つぎの車両に移動して行った。なるほど、通行人より乗客の方が観客になりやすく、確実に投げ銭をしてくれる人が多い。
王宮では特別展としてルーブルから提供されている美術品が展示してあった。展示場に入る際に、高山がリュックを咎められる。受付で言ってくれれば良いのに、中に入ってから、貸しロッカーがあるからそこに入れて来いと言う。
王宮の中はさすがに煌びやかであるが、フランスやドイツ、ウイーンなどで見た王宮と比べるとやや見劣りする印象だ。
王宮で思いのほか時間をかけてしまった。14時には一旦ホテルに戻り、空港に向かわなければならない。30分程度しかプラド美術館に費やせる時間がなくなってしまい、プラド美術館は次回とした。中途半端な時間はお土産と昼食に当てられ、優雅なひと時となった。チョコレートショップの「CACAO SAMPAKA」というところに行った。高級チョコらしいが、それほど高くない。店の横にカフェテリアのようなところがあったので、昼食も済ませることにした。後輩の一人は、スィートのオンパレードに興奮気味だ。感動を分かち合える相手がいなかったので、日本の友人に連絡した。日本は夜の8時過ぎ。あいにく友人は仕事中で、根治と形成のダブルで患者を診ていたところだったらしく、冷たくあしらわれた。なかなか注文を、1つに絞ることが出来ないようだったので私が先に注文した。ランチセットみたいなものがあったのでそれを頼んだら、「今日はキッチンの女性の機嫌が悪いので、コンビネーションは作れない」と断られた。ショック・・・生まれてこのかた、そんな理由で注文を断られたことはないが、はっきりそういわれると、なぜか諦めやすい。仕方ないので、サンドイッチを頼んだが、どうしてもサラダを食べたかったので、「サラダを単品で頼んでいいか?」と聞くと、「やってみます」と頼もしい返事が返ってきた。ちょっと、ドリフのコントのような会話にホソクソとしてると、迷っていた後輩がやっと決めたらしい。些細なことで喜べることは、若さの象徴であろう。
ホテルに帰り、いざ帰国だ。タクシーで空港まで行くと、またもや帰りのタクシー代金の方が安かった。ボレるシュチエーションなら必ずボる国民性なのだろう。
16時50分発、フランクフルト行きであったので、よくよく考えたら、マドリッドからは国内線だ。16時にチェックインすれば十分であったが、国際線と勘違いして、3時間も前にチェックインしてしまった。空港で最後の土産を補充しても時間をもてあます。ゲート近くのカフェでサラダとコーヒーを頼み、旅行記を書く。
フランクフルトまでは2時間半。成田までは、予定より1時間早く着きそうだと、成田行きのパイロットから案内があった。ひたすら寝るが、日本に帰るのがいつもよりうれしくてソワソワしている。特別、スペインの滞在が長かったわけでもないのに変である。やはり、一緒にいたい人たちがいるところが一番のようだ・・・。
スペイン・インプラント学会紀行ー第6日目ー
2007年10月29日(月)バルセロナ:晴れ マドリッド:晴れ
今日でバルセロナともお別れである。バルセロナの空港まで、後輩が呼んでおいてくれたタクシーで移動。行きより安い。後に知ったが、タクシーの料金はメーターの金額に空港から(または空港へ)は5€が加算されるようだ。行きのタクシーは23€程度だったことになり、ちょっとボラれた。ここで、1日早く帰国する後輩の一人とは分かれることになる。マドリッド行きはイベリア航空。バルセロナからは1時間程度の飛行である。チェックインの際、預ける荷物の重量が気になったが、まったくチェックしていないようだった。
マドリッドの空港はモダンな感じで色使いもカラフル。日本の公共機関では絶対にないカラーリングである。空港からはタクシー。ホテル・クラリジットというホテルで星は3つぐらいだろうか。ベルボーイもいるのでよさそうかと思ったが・・・部屋に入り期待は見事に裏切られた。湯圧が高いぐらいが良い点で、壁が薄く、ベットも小さい。インターネットももちろんない。まあ、1泊なので我慢しよう。
早速、マドリッドの街へ繰り出した。向かうは「ソフィア王妃芸術センター」である。ここは、アトーチャ駅からすぐのところにあり、20世紀の近現代美術を中心に展示している美術館だ。
先日懲りたはずのピカソの絵やダリ、ミロなどの有名作品があるそうだ。中でも反戦を訴えたピカソの「ゲルニカ」は有名である。さすが意図が明確な絵に悪ふざけはなく、圧巻であった。その他、ピカソとダリの絵で数点気に入った絵があったので絵葉書として購入。後に調べてみたいと思ったが、ミロの絵だけは吐き気がするほど嫌悪感を覚えた。人を馬鹿にするのも大概にしてもらいたい。

スペイン最後の晩餐は、パエリアで有名な店に行くことにしたが、やはり20時から開店という事で、予約だけして時間を潰す。何軒か土産屋に入るが、どれもありきたりの、みやげ物しかない。よくよく考えてみると、ろくな土産物がない。日本で留守をしていただいている人々に申し訳ないと思うが、結構、一生懸命探してみたが、なかなか「これは!」というモノがなかった。
パエリヤで有名な店の名前は忘れてしまったが、場所はロエベの本店のすぐ裏で緑の看板である。日本食の店の右隣だ。中に入ると、やはり混み合っていた。店員の動きが良い。注文や給仕にそつがない感じ。まずは、サングリアで乾杯。不覚にも、サイゼリアならずサングリアなるものは知らなかった。ワインやシャンパンにフルーツなどを入れて飲み易くした、いうなればカクテルだ。下戸の私はこの程度の酒がちょうどいい。
料理もスペインに来てから、一番我々の口にあったような気がする。値段も高くない。ただ、パエリアはちょっと塩辛い。これはどこでも塩辛いので、パエリアとはこういうものなのだと思えば、ほぼ満点だ。かなり満足して、店を出ることが出来た。
スペイン・インプラント学会紀行ー第5日目ー
2007年10月28日(日)バルセロナ:曇りのち晴れ
毎日爽快に目が覚めるのは、バルセロナの陽気が体に合っているのか?7時に食堂に行ってみる。明かりはついているが、食事は出ていない。そういえばアメリカ留学の時に、時間にルーズなアメリカ人からスペイン人はもっと時間にルーズだと聞いたことがあったので、部屋に戻って待つことにした。30分後に部屋を出ると、隣の部屋の後輩が「今日は朝食、休みみたいですね」ということで、外に食べに行くことにした。他の後輩を誘いに電話するが出ない。2人で外に出ようとしたところで、受付が、今日からサマータイムが終わり、1時間、時間が戻っているということを教えてくれた。道理で、外がやけに暗いと笑いながら近くで食事が出来そうなところを探すが、ありそうな気配がない。仕方がないので、もう少し待ってホテルの朝食を食べようということになった。
本日は絶好の観光日和だ。空は青く澄み渡り、太陽の光が爽やかに降り注ぐ地中海性気候だ。本日は、市内の名所、特にガウディー関係を堪能する。「カサ・カルベ」「カサ・ミラ」「カサ・バトリョ」そして「サグラダ・ファミリア」を歩って回った。無知を露呈するが、アントニ・ガウディとは最近の人かと思っていたが、1926年で亡くなっていることを今回初めて知った。デザインの斬新さ、巧妙さから、およそ100年も前の人とは思わなかった。線と曲線、捻れ・・・自然からの模倣・・・さすが、世界中の建築を学ぶ人が彼の作品を見に来るだけの事はある。100年の時を経た今も、全く廃れていない彼の才能は世界遺産に異議を唱える者はいないだろう。
そんなガウディの建築技術の粋を集結した事業が「サグラダ・ファミリア」である。完成が100年先とも200年先とも言われていたが、近年建築技術の向上から、数十年先までに短縮されているそうだ。当然、中は工事中だか、工事中の内部を見ておくのも一興だ。数年後にはまた別の「サグラダ・ファミリア」を観ることができるだろう。
「サグラダ・ファミリア」とは、人々の現世の罪を購うために、聖家族に捧げられた大聖堂である。 ビリャールが無償で設計を請負い、1882年に着工したが意見の対立から辞任。翌1983年よりガウディが引き継ぐことになったそうだ。 現在、生誕(東面)と受難(西面)の二つのファサードがあるが、我々は受難のファサードから入り生誕のファサードへ抜けた。直接ガウディが手がけた生誕のファサードは規模こそ小さいが、その意匠はまさにガウディの持てる力を注いだだけのことはある。現在の計画では、今ある生誕と受難の二つのファサードに加え、南面に栄光のファサードが作られ、ラテン十字平面を持つ聖堂の中央には、高さ150メートルの尖塔がそびえ立つ。
わずかな時間並び、チケットを購入して中に入ると、いたるところに凝った建築デザインを見ることができる。1時間待ちということで、エレベーターに並んだが、1時間半は待たされ塔の上まで上った。結構狭く、高い。高所ならびに狭所恐怖症の人には耐えられないようだ。螺旋階段では真ん中が開いていて、下まで見える。後輩の1人が「あーぶないっすよ」「あーぶないっすよ」と背中を壁に擦りつけながら、降りていた。途中、ところどころにあるスナップポイントで写真を撮るが、塔の出窓は心もとなく、皆の笑顔も引きつる。
「サグラダ・ファミリア」を出てすぐ近くの普通のデリで昼食をとった。全く、行き当たりばったりの店に入り、英語が通じない。店員が一生懸命説明してくれ、適当に注文し始めたら、中の店主が「ああ、適当に盛り付けてやっから!」とばかりに言っていた(と思う)ので、任せることにした。しかし、それが不幸の始まり。出てきたランチは豪華絢爛。大量に並べられ、おまけにランチが5人で133€であった。ボラレタのか、正当な値段なのかわからないが、ランチを5人で2万円というのは高い気がする。
夜は、サッカー観戦である。19時からということで、地下鉄に乗る。しかし、サッカー場のある駅まで着いた時点で19時を回っていた。駅からサッカー場まですぐだということだが、わからないので、適当にそれらしい人について行ったがそれが間違いだった。ゲートまでたどり着いたが、我々はチケットを持っていない。後輩の1人が、インターネットで購入していたが、チケットの現物をチケットブースで受け取らなければ入れない。チケットブースの場所を教わったら、サッカー場のほぼ反対側だった。小走りに指示された場所に向かう。チケットブースは、フーリガンか強盗を恐れてか厳重な造作だ。建物はほとんど壁で覆われ、お金とチケットをやり取りできる最小限の小窓しか開いていない。やっとの思いで中に入ったが、席が良くわからない。会場の係りの人もサッカー観戦に夢中になっているので聞きづらかった。遅れてくる奴は我々ぐらいの者であろうか。観戦中で申し訳なかったが、席を探して着席した。後から後輩が来て、私の席の奥に行こうとしたら、間にいた婦人と子供が奥にずれてくれた。席は一応決まっているが、結構みんな適当のようである。座った途端に、ゼッケン14番ヘンリー・・・いやアンリ(と読むらしい)がゴールを決める。立ち上がるタイミングを逃したが、後輩と両腕を伸ばして喜びを表した。うん??私はいつからFCバルセロナのサポータになったのか?まあ、細かいことはいい。とにかく雰囲気・・・雰囲気・・・。すぐに前半は終了した。休憩時間に、今回ここへ来たメインの目的を達成するために席を立つ。オフィシャルショップだ。出国前、下の子からメッシのユニフォームを頼まれていた。下の子からの唯一のメールも「メッシは19」とだけあったくらいである。彼の頭の中は、メッシ一色らしい。しかし、休憩から後半戦に入るぐらいまで探し回ったが、ビールやスナックを売る売店しかない。子供には悪いと思ったが、諦めて街中の土産屋で買うことにした。
後半も盛り上がる、ロナウジーニョの歯茎も見えるぐらいの距離で観るサッカーは、サッカーファンでなくとも興奮する。後半まもなく、ロナウジーニョからメッシに交代し、会場は興奮のルツボ。交代早々のPKではもちろん華麗にシュートを決めた。しかし、メッシは働かない。かなり省エネプレーだ。ロナウジーニョは土臭い仕事もして、その仕事も会場を沸かせる程のものに仕上げるテクニシャンならずマジシャンだったが、メッシは違った。最低限の動きで、最高の働きをする。運も観衆も味方につける。多分、スーパーヒーローとしての格はメッシの方が上だろうが、私はロナウジーニョの方に好感を持った。
試合は、2−0で勝ったと思う。思うと言ったのは残りわずかで、球場周辺の混雑を避けるため席を立ったので試合の結果は知らない。それでも道々には人があふれている。サッカー場を出てすぐに、FCBの応援グッツを扱う売店があった。オフィシャルショップと違いまがい品だと思ったが、買ってみると多分正規品だ。個人的には10番ロナウジーニョにしたかったが、子供の注文どおり19番にしておいた。
今夜は、全員が揃う最後の夜だ。後輩の1人の部屋で飲むことにした。そのホテルは、何とか通り(日本でいうなら青山通り)に面したホテルで高級ではないが、キッチンがあるコンドミニアムタイプである。途中、二手に別れ酒を探す。私ではないチームが先に探し当て、私に電話をくれた。ビールにCAVA、そしておつまみにケンタッキーを買う。驚いたことに、ケンタッキーは高級品だ。大きなチキンフィレサンドが1個、1,000円ぐらいする。
部屋に入り驚いた。我々と同じくらいの値段で、倍ぐらいの広さにキッチン付である。次回はこういうところを利用しよう。教授がI社長から頂いた赤ワインも含め、随分飲んだ。日本から持参した「永平寺漬け」が好評だ。先日、金沢へインプラントの講習会をしに行ったときにお土産で探していたあれである。結局、空港のお土産屋にはなく、帰ってからインターネットで購入した。出来れば日本酒の方が合うようだったが、異国で食べる日本の味はまた格別である。
スペイン・インプラント学会紀行ー第4日目ー
2007年10月27日(土)バルセロナ:雨のち晴れ
早朝2時半頃、激しい雨音で目がさめた。スペインに雨は似合わない。昨晩のワインがまだ残っているのか、遠い意識の彼方で、雨音は夢だと言い聞かせていた。「ブルッ!ブルッ!」テーブルの上の携帯が震える。メールだ。寝ぼけながら携帯を手にし、メールをチェックするが、入っていない。???・・・今の音も夢かと、携帯を再びテーブルに置こうとした瞬間「もしや・・・」と気づいた。ここ2−3日で、メールが入ってきているのに携帯を見ても入っていないことがあった。携帯の調子が悪いのか、私の勘違いかと思っていたが、機械がミスをするより、人がミスをする確率の方がはるかに高い。今回持ってきた携帯は出国直前に購入。今まで使用していたワンセグ携帯は3Gでも海外ローミングが出来ないタイプであったのでこれを機に機種変換した。現行のワンセグ携帯は何かの理由から全て、海外ローミングできないそうだが、この冬から、ワンセグでも海外ローミングできる機種が出るそうだ。
購入後あれやこれやと、携帯をいじっていたことを思い出した。メールフォルダ毎に、セキュリティーをかけようとしていたら分からなくなってやめてしまった。その時「家族フォルダ」だけ中途半端にもシークレットモードに設定してしまい、秘匿されていたのに気づかないでいた。あわてて、シークレットモードを解除する。フォルダには、上の子からメールが3通入っていた。日を変えて、短いが「おやすみなさい」や「おはようございます」などのメールが入っていた。子供達には、何度か、こちらからメールを送るが、返ってこないのでおかしいなと思っていたら、この始末である。すぐに返信メールを送るが、罪悪感も手伝い急に声が聞きたくなったので電話もかけた。上の子は、まさか遠い異国の地から電話が来るとは思っていなかったらしく、驚いた様子だった。日本も雨足が強くなっているそうだ。契約関係の書類があるので、送るという。メールで送るよりはFAXで送ったほうが確実ということで、ホテルへFAXしてもらうことにした。
本日は学会最終日。ほとんど毎日同じ朝食を食べた後、部屋のある5階(日本で言う4階)のテラスが輝いているのが目に入る。早朝の雷雨が嘘の様に晴れ上がり、スペインの強い日差しにキラキラと輝いている。
学会会場へ向かう。2度寝したため、少々遅い登場であった。会場の入り口付近から、後輩3名がこちらに歩いてきた。13時のポスターセッションまで、ピカソ美術館を見学にいくということだ。一応立場上、忠告するが、午前中のセッションにはあまり興味がないため、私も同行することになった。再び、地下鉄でホテルのあるJaumei 機淵献礇鵐瓮ぁΕ廛螢瓠璽襦砲慳瓩蝓▲團ソ美術館へ行った。1人6€でチケットを買い、中に入る。日本人やどこの国か分からない人の団体が、時々、私たちの芸術鑑賞の邪魔をする。いつも思うが、美術館では団体さんはお断りにしてもらいたい。博物館なら他人の説明もいいが、美術品は人の説明を受けて納得するものではないのではないだろうか。説明は美術品の横にある注釈で十分だ。
館内にはイッチャッテナイ・ピカソの上手な絵から、イッチャッタ・ピカソの下手な絵が陳列してある。が、しかしである。20世紀最大の巨匠の絵は、感性を共有できない者にはあいにく理解できない。イッチャッテナイ・ピカソの絵は確かに上手だが、時折、心のトラウマ(があったと、心理学者や精神科医は分析できるのではないか)をチラつかせ、影を効果的に使っているぐらいが感心できる程度である。イッチャッタ・ピカソの絵は、芸術と悪ふざけの境界が、本人も区別が出来なくなっていたと思われる。確かに、見入ると面白い絵もあるが、ほとんどは稚拙で、情熱を感じない、悪ふざけの絵である。裸の王様に最後は誰も、裸だと言えなくなってしまったかのようだ。誰が何と評価しようが、私はピカソの絵に芸術的なセンスを感じることは出来なかった。土産コーナーで、子供用のTシャツと、トイレに飾る小さな絵を購入した。私にとってピカソの絵の飾られる場所はそこ以外にない。
さて、ピカソの絵より、学会会場でポスターセッションだ。どういうわけか、今回は2日間に渡り、自分のポスターの前に立たないといけない。会場に残っていた後輩の一人に会った。午前中の講演はつまらなかったと言っていたが、ピカソもつまらなかったと告げた。昨日スリに遭ったその後輩の部屋は昨晩、ドン!という音と共に天井の壁が落ちてきて、雨漏りがするようになったそうだ。日本に帰ったら、お払いをしてもらったほうが良さそうだ。
ポスターセッションの後は、最後の一般講演を聞きにメイン会場へ。つまらなかったら出て観光にでもということで入ったが、結構面白かった。おそらく、昨日の「外科手技」と同じかそれ以上。「学際的インプラント治療」ということで、特に、矯正医とのコラボレーションは良かった。外科の仮骨延長術のようなことを、矯正で行う。外科のような派手さや即時性は無いが、治療がスマートな感じだ。結局、最後までいた。
夕食は、こちらに来て早々に行って入れなかったレストランに再び行ってみた。「4 GATS:クワトロ・ガッツ:
4匹の猫」という店だ。何でもピカソが若い頃に通った店だそうだ。日本でいうなら「松栄亭」。夏目漱石が通った店という感じか。店に着くと、食事の斬込隊長が“堪能な”スペイン語で人数を告げると、その相手もろくにしてくれないぐらい店内は込み合っていた。私はその店員の高慢な態度にちょっとムッとなったので、直ぐに他に行こうとなった。しかし、斬込隊長が店員に呼び止められ、スペイン語と若干の英語で何やら話しかけられている。どうやら、22時までなら良いということだ。こちらの時間は大体3時間ぐらい遅い。店も20時ごろから始まる店が多く、日本人の感覚でこちらの22時は19時だ。そのあたりが一番込む時間で予約も多いのであろう。当然、我々は2時間もいられれば十分なので、そこで食事をさせてもらうことにした。中に入り、店員も忙しい。いかにも繁盛店という感じで料理も期待できそうだ。とりあえず、ビールを頼み、乾杯。すると、ウェイターが我々のテーブルにあった全てのグラスを片付け始めた。失敬な給仕である。慌てるなんとかはもらいが少ないという日本の諺を教えてやろうか。彼の表情と態度から「水とワインを頼まない奴なんて、食事の仕方も知らない異教徒め!」と感じ取れたので、グラスを持って帰った直後に、ワインのメニューを持ってこさせ、ワインを注文。ウェイターは驚いて、スペイン語で「$&‘’$“#%&‘&*?¥*‘〜&%$€」と目を丸くしてしゃべりながらワインを持ってきた。そして全員がワインを注いでもらった最後に「水もくれ!」と注文。さすがに、グラスを片付けたのは自分の早とちりだと気づいたらしく、再び「’&‘*+?>|¥^&$”!」とバツが悪そうにしゃべりながら、再びグラスを出し、水も注いでくれた。
スペイン・インプラント学会紀行ー第3日目ー
2007年10月26日(金)バルセロナ:曇りのち晴れ
今朝は早く目が覚めた。時計をみたら、5時で外はまだ暗い。暫く横になってみたが眠れそうに無いので、起きて学会記を書くことにした。昨日から駆動はバッテリーのみで、電源が気になるがプラグを未だ手に入れていない。2時間ほど旅行記に費やし、朝食を食べに1階へ降りる。ここでは、1階は2階を意味し、1階はB(Basement)である。エレベータもなんだか変だ。押すボタンは真ん中のみで左右にある上下を示すボタンのようなものは押すことは出来ず、エレベータが上がってきているのか下がってきているのかを点灯して表示するのみであった。更に不思議なことにボタンの数字が横に向いてる。さすがピカソやダリを生んだお国である。
朝食は昨日と代わり映えしない。昨日食べた中で、なかなかいけたサラミやソーセージを多めに取り食事をしていると、後輩の1人と一緒になった。
9時過ぎに学会会場に着き、メイン会場で講演を聞く。かなり基本的な内容だったのでコーヒーブレイクと共に会場を後にした。適当に展示会場内を観て回る。展示として、今回目に付くのがピエゾサージェリーの機器類の多さである。ピエゾサージェリーとは、高出力の超音波スケーラーに専用のチップ(歯がついていたり、ダイヤモンド粒子になっていたりするチップ)をつけて、骨の切削や歯肉の切開を可能にする電気機器だ。今回のポスター発表で、歯肉の切開に使っている例もあったが、ピエゾサージェリーといえば骨の切削である。このピエゾサージェリー、何に効力を発揮するかといえば、サイナスリフトだ。上顎洞側壁へ開窓する場合、通常は、切削用のバーを用いて穴をあけるが、骨直下には上顎洞粘膜が存在する。この粘膜を破らないように骨だけを切削するのが、切削用のバーであると難しい。しかし、ピエゾサージェリーに取り付けられた専用チップは、骨だけを切削でき、その直下にある粘膜を破りにくいという特徴がある。切削効率や能率は、回転用切削器具に劣るが、上顎洞側壁程度の開窓であれば、十分である。早く日本でも購入できるようにしてもらいたい(KAVOから出ているものは厳密にはピエゾではなくエアースケーラである)。
ポスターセッションが12時半から行われる。とはいっても、自分のポスターのそばに立っているだけであるが、今回、ポスター会場がメイン会場へつながる大きな通路でしかも昼食が並べられる場所ということもあり、人でごった返している。食事をしながら、ポスターの近くに立つ。1時間半も立つのも飽きるので、他のポスターを見て回った。今回、ポスターの演題は多く、300題ほどであった。思えば、他人のポスターを端から全部見たのは今回が初めてかもしれない。
ポスターセッションが終了し、2時半から一般講演が始まるので、メイン会場へ向かった。昨日と午前中の一般講演はあまり面白くなかったが、午後は「外科手技」についてであるので期待ができそうだ。内容もさることながら、演者の1人「Dr. B. Langer」を見てみたかった。ランガーは、軟組織のマネージメントにおいての第一人者である。手品師とも思える巧みな手技を次々と考案し、ペリオの世界で彼を知らない者はいない。午後の講演は楽しいものとなった。
最後の演者の途中で中座し、別の会場へ行こうとしたところで、横浜のW先生に会う。何でも昼食を食べていないらしく、近くのホテルまでいこうと誘われた。タクシーでAから始まる5つ星ホテル(名前は失念してしまったが、確かArts???)で本日2度目の昼食をご馳走になった。昼食の途中、教授から電話が入る。今晩のアストラのパーティは、始まる時間も遅く、終わるのは更に遅く夜中の2時とかで予定を変更するということであった。アストラのパーティの後に、今回のメンバーで打ち上げを計画していた。「22時の予約を20時に変更しI社長の分を追加。そして、全員19時にホテルで待機せよ」とのオーダーである。後輩の一人に電話をかけ、変更を指示した。どうやら、D社のI社長が前回のアストラのパーティで懲りたらしく、また教授もI社長も明日の飛行機が早いということで、予定を変えたようだった。食事をしながら、W先生とインプラントのこと、医院運営のこと、生い立ちなどを話し、学会会場へ戻る。行きのタクシー代金と帰りのタクシー代金が随分違うのが気になった。悲しいが、良くある話しだ。
時計を見ると、18時を回っている。おまけに携帯のバッテリーが切れて使えなくなっていた。教授から確認の電話をもらうことになっていたので、非常にまずい。急いでホテルに向かうが、未だ電源の変換プラグを手に入れていない。小走りにホテル周辺で探してみる。カメラ屋があったので、変換プラグがないか聞いてみたら、電気屋へ行けといわれたので、この辺で電気屋はないかと尋ねた。この先を、まっすぐ行ったところに1件あると教えてもらい、再び小走りに走る。暫くすると、確かに電気屋があったが、結構、遠かった。店の人に、変換プラグを頼むと、すぐに出てきた。スペイン語なのでよく分からないが、US/JAPANだ!と告げると、これでいいと言っていたようなので、差込口を見る。問題なさそうなので2個購入した。2個で3.8€だ。急いで、ホテルに戻るが、ちょっと気になることがあったので、先ほどのプラグを取り出し、被っていたビニールを剥いだ。日本からのコンセントを受ける受け口がくぼんでいる。これでは、コンセントと変圧器が一体化している充電器など、使えないと思いつつ、時間もないのでホテルに戻った。ホテルのロビーには、全メンバーが待機していた。教授から伝言があったようだが、そのメモに残されているホテル名も電話番号も違っており、教授に連絡が取れないという。急いで部屋に戻るが、部屋の電子キーが開かない。昨日も帰ってきたら、開かなかった。毎日、使えなくなるのはどういうことだ?おまけに急いでいるのに・・・と腹を立てながら、エレベータに向かうが、エレベータはリネンを詰めた大きな袋をいくつも乗せた従業員で占拠されていた。階段でロビーまで降り、カードキーを復活させてもらい、部屋へ戻る。急いで変換プラグを差込、携帯の充電器を差し込もうとしたが、案の定、変換プラグの縁が邪魔して、コンセントが差し込めない。再び、ロビーへ。後輩に変圧器を借りることにした。
一緒にエレベータに乗ったところで、ショッキングな話しを聞かされた。つい今しがた、学会会場の駅で、スリに遭った者がいるという。ホームにて、皆で電車が来るのを待っていたところ、列車が入ってきたところで、見知らぬおばさん2人組が、「プリーズ、プリーズ」と黒いコートを押し付けてきたそうだ。スリに遭った者は、気味悪がって「ノー!」と逃げながら、列車に乗り事なきを得たと思ったらしいが、胸のポケットに入れてあった財布が見事に盗まれていた。あわてて、次の駅で引き返すが、相手もプロ。おとなしく犯行現場に居るわけがない。かくして、被害総額16万円が発生してしまった。財布の中にはカードも入っていたので、ホテルに戻りカード会社に連絡しカードを止めた。保険会社にも連絡するが「現金は保険対象外」との冷たいお言葉。おまけに警察にも届けたほうが良いといわれたが、保険もおりず、警察での調書もえらく時間がかかるということなので、届けるのもやめたそうだ。ホテルがミドルクラスなので、部屋に現金を置いておくのがちょっと心配と、全て持ち歩いていたのが仇となってしまった。
そんなことを話しながら、携帯を充電し、教授からの連絡を待つが、連絡は、ホテルの電話にあった。とりあえず、予定通り20時に予約を入れたことを告げ、教授とI社長とはレストランで待ち合わせることになった。レストランは海沿いのレストランを後輩の一人が予約した。いろいろなレストランを当たったが、4人ならOKだとか、英語じゃだめだとかで、やっと取れたようである。取れたレストランも予約を入れた者の“堪能な”スペイン語で取ったので不安だということであった。ホテルから歩いて15分ぐらいだということで、途中、世界遺産の教会を見ながら行こうと、余裕を見て早々に出たが、5分ぐらい遅れてしまった。世界遺産の教会は、修復中で全く見ることは出来なかったが、レストランまでの道のりが、思っていたよりも遠く、歩いて30分はかかってしまった。
レストランに着くと、教授達が外のベンチに腰掛けて、我々を待っていた。笑いながら「遅い!」と叱られたが、店は8時から営業とあって、外で待っていたそうだ。CAVAというスパークリングワインが土地のお酒だそうで、それを頂き、更にその後にもう一軒回って、いい気分でホテルに戻ってきた。バタンキューである。
スペイン・インプラント学会紀行ー第2日目ー
2007年10月25日(木)バルセロナ:曇り時々雨
ぐっすり寝て、爽快に目が覚める。いつものように、時差ボケはない。6時半に目が覚めたと思っていたら実は7時半であった。時差が、−8時間であると思っていたら−7時間ということで驚いた。サマータイム分であろう。ホテルの食堂で、よくありがちなコンチネンタルブレックファーストをいただく。昨日から気になっていたが、味付けが塩辛い。大航海時代の名残か???
朝食後、湯圧の低いシャワーを浴び、ドライヤーをかけようとして困った。電源コンセントが違う。いや、当然違うのは分かっていたが、最近はどこのホテルでも1箇所は日米仕様のコンセントがあるのが普通と思っていた。しかし、部屋のどこのコンセントも現地仕様だ。スペインをあなどっていた。どこかで、プラグを購入しないといけない。とりあえず、備え付けのドライヤーで頭を乾かしたら、癖毛の私の髪は“くりん”とかわゆくなってしまった。
学会会場のCCIB Forumまでは、地下鉄で行く。地下鉄の駅はホテルからすぐで便利だ。「Jaume 機弃悗ら学会会場の「El Maresme I Forum」駅までは地下鉄に乗って15分ぐらい。車内は比較的空いていて、小ぎれいだが、椅子が少々高く、足がつかない人も居るようだ。
EAOの学術大会は、ヨーロッパならびに近隣諸国(韓国11%、日本7%etc…)中のインプラントロジストが集まる巨大な大会であり、年々その規模は拡大しているように思える。受付カウンターで自分の名前の頭文字の列に並び、受付を済ませ、中を散策していると、会場で様々な人たちにお会いする。特に「くれなゐ塾」の塾長にお会いしたので、丁重にご挨拶を申し上げた。私と違い、上部構造体に興味があるそうで、EAOには初めて参加されたとのことだ。
さて、本日の最重要任務は、ポスター張りだ。ポスターセッションの会場に行くと、係りの人がポスターの裏に両面テープを張ってくれた。いつもは、画鋲で止めるが、今回はボードの関係でテープにて張り出すようだ。ポスターの張り出しは、人数もいたためもあり、すぐに終了。予備のポスターはこの時点で破棄されることになる。
昼食は、会場内に用意されている。EAOの会場内では、フリードリンク、フリーフードである。参加費を8万円も取るだけのことはある。今回、少々、食事のグレードが落ちるような気がするが、ランチとしては十分だ。
午後は、観光でもと勘違いしていた。本格的な学会は明日からと思っていたら、午後から演題が目白押しであった。眠気も無く体調もすこぶる好調で、講演を聴き続けた。研究や講演会でのアイデアは、他人の講演会や研究をヒントに浮かび上がるもので、今回も勉強になった。ただ・・・帰ったら、あれもこれもしようと毎度思うが、なかなか実行できないのが悩みの種でもある。19時過ぎまで会場で講演を聞き、夕食をとるためホテルに一旦戻る。エスカルゴを食べに、有名店に行くが、45分の待ち時間ということで断念し、またもや、行き当たりばったりのレストランに入る。適当に選んだ店にしては、まあまあだった。最後に「デザートは」と聞かれたので「エスカルゴ」を頼んだ。デザートは?と聞かれてエスカルゴだったので、店員に説明するのにちょっと手こずった。入店後、メニューをもらいエスカルゴを探したが、載ってなかったように思え、注文しなかった。しかし、暫くすると前のテーブルの客が前菜の盛り合わせみたいなものを頼んでおり、その一つにエスカルゴらしきものがあった。それを指差し「あれを欲しい」と言ったところで通じた。ご存知の通り、カタツムリだが、味はほとんどスープの味しかない。出汁として出てしまっているからだろう。エスカルゴの触角が妙に生々しい。
スペイン・インプラント学会紀行ー第1日目ー
2007年10月24日(水)成田:晴れ
「時間だよ」という声で目が覚めた。自分ではウトウトした程度に思えたが、しっかり寝ていたようだ。昨晩は、魅力を感じていない旅行の用意に時間がかかり、明け方4時近くまでかかってしまった。実は、歴史的にも地理的にも、今回のスペイン行きにはあまり興味を持っていない。家内はパッキングの天才で、出した衣服が見る見るスーツケースに吸い込まれていく。あんなにきっちり荷造りされると、旅先での荷造りに少々不安がよぎる。
軽く朝食をとり、小さな声で「行ってきます」と子供たちに声をかけると、上の子だけが目を瞑ったまま、「言ってらっしゃい」と声をかけてくれた。下の子は、ピクリともしない。
7時30分発成田エキスプレスに乗るため、東京駅に向かう。道も空いており、いつもと違い余裕をもった行動だ。空港第2ターミナルの駅で、同じ車内に居た教授に会う。教授は我々とは別行動で、数分早いJALでスペインに向かうことになっていたが、まさか同じ車内で偶然に会うとは思わなかった。空港では3人の後輩と待ち合わせ、搭乗手続きを済ませた。地上乗務員が訓練生で非常に時間がかかったが、研修医だと思い温かい眼で見守った。訓練ついでに、欧州での国内便について伺う。荷物の重量制限についてだ。以前、欧州の国内線で痛い目にあった。どうやら国際線も含めて、スーツケース1個の重さは20kgと決まっているそうだが、成田での搭乗の際には+10kgをサービスしてくれているそうだ。ご厚意には感謝するが、それはトラップだ。今回我々は旅程後半でバルセロナからマドリッドに向かうため国内線を利用する。私のスーツケースは21kg。バルセロナで買うお土産や、学会でもらうパンフレット類やらを知らずにスーツケースに入れたら、間違えなくバルセロナの空港で、店を開くことになる。客の旅程は、把握しているはずなのだから、一言助言してくれてもいいように思うが、訓練生には無理だ。彼女にとって、今回のやり取りで一つ勉強になったことであろう。
以前、メガネを波に流された教訓から、旅行者保険を忘れない。保険はAIUだ。8日間で5,340円は、最低保証である。旅行者保険は、最低の保証に限る。通常、掛け金は死亡時の保証額に比例しているだけなので、旅先でのアクシデントの保証という意味では最低ランクの保険で十分だ。
セキュリティゲートを通り、適当にデュティーフリーをぶらつき、欧州製品の相場を把握する。最近はユーロ高(166円/1€)といこともあり、欧州製品は気をつけないと日本国内の方が安かったりするそうだ。散策しても待ち時間があったので、適当なところでお茶をする。目に入ってきたのは「うどん」の文字。無性に食べたくなったので、これから北京ダック状態になるのはわかっていたが、うどんを食べた。

我々の便はANA・・・。成田発11:35発NH209便。機体はボーイング747でお世辞にも最新機とはいえない。ただ、料理と映画の豊富さには脱帽だ。最近は、映画もあまり見ておらず、喜び勇み「ダイハード4.0」「オーシャンズ13」を立て続けに観たら、頭痛がしてきた。小さなシートモニターを凝視して機内で4時間は目を酷使しすぎたか。ボルタレンを4錠飲むがいまいち効かない、更に1錠追加してやっと治まった。

今回の学会はEAO。ヨーロッパにおけるインプラントの学会だ。規模としてはアメリカのAOには適わないと思うが、学術的な内容に関しては勝っていると思われる。後に聞いた話だが、AOは企業主体でEAOは個人主体だそうだ。つまり、EAOの運営資金は歯科医師個人からの会費で賄われてる一方、AOは企業からの寄付金や協賛金で運営されているそうで、その違いが、講演内容にも色濃く出ている。そのため、スポンサーのフィルターやバイアスがかかり難く、研究者や臨床家の生のデータや意見を出し合える学術大会となっており、学会本来の体をなしているのがEAOと言える。

トランジットはドイツのフランクフルトで行った。驚いたことに、入国審査はペーパーレス。欧州イミグレーションは一昨年、森先生の仏頂面の教訓を生かしてのことか??入国審査は、パスポートのみ提示するだけであった。おまけに交わした言葉は、「ハロー」だけ。どこに行くとか滞在は何日だとか言う質問はまったく無く、こんなんでいいんかいと??とヨーロッパのセキュリティーが逆に心配になった。いや、米国のように入国者全ての指紋と顔写真を撮るような無礼なもてなしが異常なだけで、これが本来の姿であろう。性善説の欧州、性悪説の米国といったところであろうか。
近未来的な通路を抜け、ルフトハンザ航空バルセロナ行き、LH4460便の搭乗口まで歩く。歩きながら携帯電話の受信状態を確認するが、自動切換えに問題ない。さすがは元ボーダフォン。11時間40分のフライト中に入っていたメールを確認し、「着きましたメール」を各方面に送る。なかなか良い暇つぶしである。現代人は砂漠の真ん中でも、水とコミュニケーションのためにはお金を払うと聞いたことがあるが、実に興味深い話である。時間通り?とはいっても現地時間が良くわからないが、ゲートが開いたので機内に乗り込む。機内ではほとんど寝ていた。BOSEのノイズキャンセラー付ヘッドホンは、爆音や振動音の鳴り響く機内でも心地よい睡眠を誘う。機内ではほとんど寝ていて分からなかったが、2時間ちょっとのフライトだったようだ。バルセロナの空港に着くと、NAKAMISEがあった。そこのフェラーリショップで、子供達へのお土産のTシャツを買う。店員の女性は鼻に小さな真珠のピアスをしていたが、非常に丁寧で好感が持てた。バゲージクレームで、知った顔の人に会う。D社のI社長だ。挨拶をすると、教授と同行しているということだ。教授にも再び、皆で挨拶をし、日本から別便で来ている後輩と待ち合わせる。その後輩は、急遽今回の学会に参加することになったため、別便となってしまった。フィンランド航空だそうだ。その後輩の話では、飛行機の中で隣になった人から「フィンランド航空を選択したのは正解!」「スペインではスリに気をつけろ!」とずっと8時間ぐらい言われ続けたそうだ。次回は、フィンランド航空を使ってみたい。
空港からはタクシーで移動。我々は総勢5名なので、5名が乗れるタクシーが無いかを探したが、どうやらタクシーはバンタイプを含め、4名までが限界のようだ。2−3に分乗し、ホテルまで向かう。ほとんど英語が通じないのでちょっと心配になるが、まあ、せいぜい遠回りをされるぐらいで何とかなるだろう。なんとなく、ぐるっと回った気がしたが、古い都市は道順も複雑なのかもしれない。ホテルに着き、荷物を降ろしてくれた運転手に「いくらだ?」と聞くと、車体後部のガラスに28と数字を書いた。到着時の車内のメーターは18€を示していた。その後メーターは動き続けていたにしても少々お高い。イタリアでの白タクの経験から、一戦交えようと思ったが、あれから6年経っている。過ぎ行く月日は、川底の石を丸くするように、私も丸くなったようだ。チップも含めて30€渡し、笑顔で礼を言う。
ホテルは、「HOTEL GOTICO」。一応4つ星だが、欧州に良くあるミドルクラスのホテルである。部屋に入りショックだったのは、お湯の出が悪く、戸の閉まらないバスルームではなく、インターネットの接続環境がなかったことだ。
夕食をとりに街中を歩く。時計は21時を回っているせいもあり、路地に入ると人がほとんど居ない。急遽参加することになった後輩のホテルまで皆で歩き、適当なレストランに入ってみた。とりあえず、お疲れ様である。食事はパエリアに、海産物である。味付けが少々塩辛いが、皆で食べる料理はおいしい。

▲PAGE TOP

最近のエントリー
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
カテゴリー
過去のエントリー
カレンダー
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2007 >>
ブログ内を検索


LINKS
PROFILE
モバイル
OTHERS